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福岡高等裁判所 昭和30年(う)2594号 判決

控訴人 被告人 朴昌基

検察官 長田栄弘

主文

本件控訴を棄却する。

当審未決勾留日数のうち四〇日を本刑に算入する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人並びに弁護人江頭鉄大郎提出の各控訴趣意書記載のとおりである。

右に対する判断。

(一)  事実誤認、法令適用の誤(被告人の控訴趣意書(イ)(ロ)の点)について。

所論によれば、被告人は、判示手提金庫を窃取し、これを抱えて逃走する途中、一息入れようと電柱にもたれかかつたところ、たまたま同所に一人の男が酒に酔いうずくまつていて、「何をするか」といつてとがめかかり、ここに双方喧嘩をはじめ、たがいに掴み合つているうち、「泥棒、泥棒」と連呼する声が近ずき、被告人は、手拳をもつて喧嘩の相手を殴打し、相手がはなしたはずみに逃走し、判示材木置場に逃げ込みかくれていたところを発見されたものであり、右は、窃盗および傷害の罪として論ぜらるべきものである、というのである。

しかし、原判決の挙示する証拠によれば、原判決摘示の事実を認定するに十分であつて、原判決に所論のような事実誤認の違法があるものとは認められない。殊に、証人横手みどり、同秦礼二郎、同吉田享の原審公判における各証言、右三名の検察官の面前における各供述、司法警察員の作成にかかる実況見分調書に徴すれば、判示標準市場内野菜小売商横手みどりが、昭和三〇年七月三日午前三時過頃、例になく小犬がクンクン鳴くのに目をさまし、寝床から上半身を起して見ると、覆面をした一人の男(被告人)が、店舗内に置いてある手提金庫の横に立つているので、「泥棒」と叫ぶと、被告人は、判示金品在中の判示手提金庫を取り上げて左脇に抱え込むや否や素早く外部に逃走し、横手みどりにおいて、ただちにその後を追い素足のまま走り出て「泥棒、泥棒」と叫びながら、同標準市場のはずれ附近まで追跡した際には、被告人はすでに同所四つ角を右折し、楠湯通り一〇丁目道路を上手の方へ逃走していて、横手みどりは、遂に被告人の姿を見失つたこと、ところが、右道路上には、前記四つ角から上手の方へ約八、三〇米(横手みどり方店舗から約八〇米)の地点にたまたま判示吉田享、秦礼二郎の両名が居合わせ、(共に飲酒帰宅の途中秦礼二郎は酒酔のため一時路上にうずくまり、吉田享はその背中を撫でて介抱していた。)吉田享は、「泥棒、泥棒」と連呼する女の声を聞き、手提金庫を左脇に抱えてカチャカチャ音をさせながら同道路を上手の方へ走つて行く被告人の姿を目撃したので、窃盗犯人であることを察知し協力して逮捕すべく被告人の後方約一〇米をへだてて追跡し、楠湯通りテニスコートの角を左折し、秋葉通りの十字路の手前約五米の地点で追いつき、手を伸ばして被告人の右肩を後方より捕えたが、被告人は手提金庫を同所路上に投げすて、吉田享をふりはなして更に逃走して判示材木置場に逃げ込み、同所において逮捕を免かれるため、手拳をもつて吉田享の顔面を殴打し、因つて判示のような傷害を加えたものであることが明白である。したがつて、暴行の経緯、場所等に関し、原判決に事実誤認の違法ありとする論旨は採用することができない。

そして、以上のやうに、窃盗犯人が、金品窃取の現場を発見追呼されて逃走し、その追呼の声に応じて引き続き追跡する者に対し、逮捕を免かれるために暴行を加えた場合は、刑法第二三八条所定の準強盗の罪を構成するものと解すべきであり、右と同一の見解を採り、被告人の判示所為を刑法第二四〇条前段の罪に問擬した原判決は相当であつて、原判決に所論のような法令適用の誤はない。この点の論旨も理由がない。

(二)  訴訟手続の法令違背(被告人の控訴趣意書(ハ)の点)について。

所論によれば、被告人は日本語に通ぜず、警察署において朝鮮語の通訳を求めたが容れられず、調書の内容を理解することができないまま署名指印を強いられ、検察庁においても、もし通訳の立会が許されていたのであれば、原判決のような事実誤認の結果は避けえられた筈である、というのであるが被告人の身上調書中、「学校には行つていませんが日本語は判ります。」との旨の記載、司法警察員並びに検察官の面前における被告人の供述内容原審公判における被告人の供述等に徴すれば、被告人は、司法警察員並びに検察官の面前において弁明し、犯行直前の足取り、飲酒の事実その他につき詳細に述べているのであつて、訴訟上被告人としての弁護権を行使する上に支障を来すほどに、日本語の理解力を欠くものとは認め難い。司法警察員並びに検察官の面前における被告人の供述が任意になされたものでないことを疑うべき事由を記録に発見することはできず、右の供述が通訳によらなかつたことをもつて、手続法令の違背にあたるものと認められない。この点に関する論旨も採用し難い。

(三)  量刑不当の点(弁護人の控訴趣意)について。

記録並びに証拠に現われている諸般の犯情に照らし、原判決の刑の量定は相当であると認められ、特にこれを不相当とすべき事由なく、所論の諸点を参酌考量しても、なお原判決の刑の量定が相当でないものとは断じ難い。論旨は採用の限りでない。

その他原判決を破棄すべき事由がないので、刑訴第三九六条により本件控訴を棄却し、未決勾留日数の本刑算入につき刑法第二一条、訴訟費用の負担につき刑訴第一八一条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)

弁護人江頭鉄太郎の控訴趣意

本件は量刑不当である。第一本件事案は実害なしに終つている。窃取のため忍込み発見され逃げ出したのであるが、多勢に追付かれて逮捕を免れようとして不幸にもほんの一寸した傷害を与えたものである。素直に捕つておれば単なる窃盗で済んだのであるが、その場の全くのはずみで遂に本件の様な強盗傷人となつたものでまことに被告人にとつては運が悪かつたとも言える事案で事案そのものは軽微といつてもよい程度のものであり更に裁判所の御寛大な裁判を切望するものである。

被告人朴昌基の控訴趣意

(イ) 起訴状に付ては強盗は認められぬ、窃盗(第二三五条)に対しては認むるが強盗傷人に付いては大いに見解が誤謬である。

(ロ) 控訴人が手提金庫を窃取に際し番犬(子犬)に吠へられて同女にさとられ手提金庫のみを抱えた儘同市楠湯通りに向つて駈け逃げ同市楠湯通十丁目まで行つた。電信柱が見つかり茲の柱にすがりて一息しやうと腰をおろさうとしたが折り悪しく、この柱に一人の酒酔ひがつくぼみ嘔吐して居り、知らずにどかんと柱にもたれたら何をするかと言ふて双方喧嘩となり、金庫を投げ捨てて、掴み合ひ最中に下から泥棒泥棒と上の方へ行つたぞ行つたぞと言ふて連呼して来るから喧嘩の相手が放さない故手拳にて殴打したはずみに放したから逃走し同市秋葉通十丁目三浦材木店の材木置場に逃げ込んで隠れたが後から追跡して来た二、三名のものと喧嘩をした相手が加つて共に茲に逃げ込んだぞと言ふて懐中電燈を持つて照らされ遂に見つかり逮捕せられたものである。

(ハ) 本件に付いて別府警察署にて取調べを受ける際に於て自分は日本語では思ふやうに話す事が出来ないから朝鮮語に通ずる通訳を呼んで下さいと言ふたら別府署には通訳は居らぬと言ふて相手にせず聞き入れもせずして調書を書いて読まれましたが私には、さつぱり解りませぬ。何がわからぬかと叱かられ怖くなつて遂に名前と拇印を致しました。又検察庁に廻わされ検事さんに取調を受けましたが、これに対し問や答が充分出来ず併し公平に判断をして下さるものと信頼した結果意外の事になり検察庁の取調も朝鮮語通訳を立会して戴いたならば斯の如き誤謬はなきものである。右の通りであるが故朝鮮語通訳を立会し寛大なる審議を望むものである。

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